あなたは、「自分は必要とされている」と感じていますか? 帰属意識でなく、マタリング(Mattering)――「価値ある存在だと認められていると感じること」が、わたしたちには必要です。
帰属意識はある集団に歓迎され、受け入れられているという感覚ですが、心理学におけるマタリング(Mattering)は、「自分が他者や社会にとって重要で価値のある存在だと感じること」を指します。
この概念は、自分の存在や行動が他者に影響を与える、認められているという感覚に基づいています。Matteringは帰属意識に比べて、より根源的な欲求だといえます。
こんにちは、日本セルフエスティーム実践協会(JSELジェイセル)の小西です。
ところで、2025年1月、世論調査会社のギャラップによれば、米国の働き手のエンゲージメントが過去10年間で最低に落ち込んだという調査結果を発表しました。一方、働き手のエンゲージメントを向上させるためのサービスは、市場規模10億ドルのビジネスに成長しており、多くの企業は従業員のウェルビーイングや福利厚生のための投資を増やしています。しかし、働き手の10人に7人は、職場へのエンゲージメントを感じられていないと述べているのです。
従業員のエンゲージメントとは、従業員と組織が互いに信頼し合い、貢献しあえる関係性を指します。それを上げるために、職場の環境を良くするために、多くの投資をしてきた企業としては、この結果は期待外れと言ったところでしょう。従業員にとって大事なことは「価値ある存在だと認められていると感じること」だったのです。

なぜ、このようなことが起きているのか。
コロラド州立大学 シニア名誉フェローであるザック・マーキュリオ氏は、エンゲージメントスコアが過去10年で最低の水準となり、尊厳と公平性が求められ、ワークライフバランスが盛り上がりをみせ、従業員のメンタルヘルスが低下した。そして「静かな退職」が話題になっていった。こうした職場の問題の多くは、もとを正せば“自分が重要な存在だ”と感じられなくなっていることに帰着するからだと述べています。
「自分が職場において重要な存在であるとわかっている者は、目標に向かって進んでいくエネルギーを生みだします」。なぜならば、自分がその仕事をする意味を明確に見つけ出しているからです。
このように、Matteringは、自己肯定感(「私には価値がある」)と自己効力感(「私には能力がある」)を高め、モチベーションやウェルビーイング、パフォーマンスを強化するのです。
じつは、日本において、わたしたち(Jselジェイセル)の2024年末の”働く意識”調査結果からも、同じように”人とのかかわりが煩わしい”、”働く意味が分からないまま働いている”などの回答が、自己肯定感、自己効力感の低い下位30%で高く、一方、”自分がやりがいをもって仕事をしている”、”人の役に立つことができる”、”他者から認められる”などの回答は、自己肯定感、自己効力感の高い上位30%で高いという結果が得られました。
前述のザック・マーキュリオ氏は、チームとともに「何がMatteringの感覚を醸成するのか」に関する数十年にわたる研究に基づいて、民間および公共セクター(マリオット・インターナショナル、デルタ航空、米国陸軍を含む)の数百の部門と協働し、Matteringの感覚を醸成する行動を明らかにした。
その結果、Matteringの感覚が創出されるのは、基本的に「日常の対人相互作用の過程において」であることを見出した。
これらの行動は当たり前のことと思われるかもしれないが、もはやそうとはいえない状況になっている。デジタルコミュニケーションでは簡潔さが尊重され、ソフトスキルは軽視されている。そのような世界において、これらの行動を再学習する価値は大いにあるのだと述べている。
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あなたのMatteringの感覚は、満たされているでしょうか?
Matteringの感覚が満たされている人は、
- 自分の存在が「誰かの役に立っている」と感じることで、人生に対する満足度が高い。
- 困難な状況に直面しても、「自分は一人ではない」「必要とされている」という感覚が、立ち直るための大きな力になる。
- 自分が「コミュニティの一員として価値がある」と認識することで、他者との関係性を積極的に築く。
逆に、Matteringの感覚が低い人は、孤独感、抑うつ、自己肯定感の低下といった問題につながることが多くの研究で示されています。
互いに尊重し、相互に依存する人間関係の構築には、心理的安全性とMatteringの感覚を大切に育てる必要がありそうです。
Matteringの感覚を育てるには、
Matteringの感覚は**自己肯定感(self-esteem)**と密接に関連しています。
- 自分が他者にとって重要であると感じることは、自分自身の価値を肯定することにつながります。たとえば、「家庭や仕事などで自分の役割を持ち責任をもって貢献している自分」と捉えると、そこに自分の価値を肯定することができます。行動が、自己効力感「私には能力がある」と実感して、自己肯定感「私には価値がある」につながるのです。
- Matteringの感覚が低い若者は、そうでない若者と比べて、より低い自己肯定感を持ち、精神的な問題を抱えるリスクが高いことが明らかです。
Matteringの感覚を育てるうえで最も重要なことは、相手の本質に気づく力です。
気づきには2種類のスキルが必要です。一つは相手を観察する力であり、彼らの生活と仕事の中で起こる表情や態度の浮き沈みに、注意を払い寄り添うことを意味します。もう一つは相手の話を聴く力です。ただ話を聞くのではありません。聴くとは、相手の言葉の背後にある意味や感情に心から関心を示しながら、彼らが話しやすいと思える心理的安全性のある環境をつくり、共有感を持って話を聴くことを意味します。
不確実な今、社会変化についていくことに追われて、同僚や家族の変化に気づく余裕がないかもしれません。さらに言えば、自分自身のことでさえ、気づけていないかもしれませんね。
私たちは、自分の思いを言語化することが、下手になってきたように思います。それは、デジタルコミュニケーションが発達したこともあるでしょう。対面で言葉を交わすよりも、簡便なネットが楽だからです。しかし、人を信頼でつなぐのは、言葉だけではできません。
メラビアンの法則にもあるように、言葉の力は、7%、非言語の力は93%なのです。
人の思い(感情)をつなぐのは、表情や態度、ボディランゲージ、そして話し方などの非言語の力が必要です。だからこそ、Matteringの感覚を育てていけます。
自分の思いを言葉にしましょう。その時、あなたの気持ちもいっしょに、表情や態度、ボディランゲージ、そして話し方で、あなたの言葉をパワーアップします。
あなたが、たとえば同僚Aを見たら(気づいたら)、こんなスタートもいいでしょう。目が合って「どう元気?」と言うかもしれません。でも、もしあなたがいつもより元気がないAさんに気づいたのなら、その思いを言葉に乗せて「いつもより元気がないけど何かあったの?」と訊くこともできます。
この関係性がMattering につながると言えます。この「問いかけ」から同僚Aは、「自分のことを気にかけてくれるあなた」を認識するでしょう。そして、Aさんはあなたに対する心理的安全性を高め、Matteringの感覚を理解していくはずです。
引用文献<「自分は必要とされている」と感じられる職場をどうつくるか 従業員の自己肯定感を高めるMatteringの力 by ザック・マーキュリオ(HBR 2025年5-6月号より、DHBR 2025年10月号より)The Power of Mattering at Work(C)2025 Harvard Business School Publishing Corporation.>【JSEL: 一般社団法人 日本セルフエスティーム実践協会】独自調査発表!自己効力感が仕事のパフォーマンスを上げる。VUCA時代を生きる人々の育成ポイントが明確化! | 一般社団法人 日本セルフエスティーム実践協会のプレスリリース/ https://share.google/M00eBzwvkA99HYATX
参考文献<M. Rosenberg & B. C. McCulloughによる1981年の論文「Mattering: Inferred Significance and Mattering to Others」(『Mattering:推論された重要性と他者へのMattering』)>